このたび,第 39 期に引き続き,第 40 期日本溶射学会会長に選任されました東北大学の小川和洋です.第 39 期はコ
ロナに翻弄された 2 年間で,対面での講演会等もほとんど開催することができず,不完全燃焼の状態でした.コロナ
もだいぶ収まりつつあり,行動制限もほぼ解除されましたので,これからの 2 年間は積極的に動いて行きたいと思い
ます.理事や各委員会,事務局との連携をより一層強固なものにし,会員の皆様とともに溶射分野を発展させていき
たいと考えております.何卒,宜しくお願い致します.
さて,コロナ禍ではありましたが,市場・マーケティング調査企業である Mordor Intelligence 社の報告によると,
溶射自体は 2020 年に 9,820 百万ドルであった世界市場規模(コーティング材,溶射装置等)が,2021 年から 2026 年の間
に年平均 2%以上成長し,2026 年までに 10,740 百万ドルに達すると予測しているようです.溶射市場としては,半導体・
フラットパネルディスプレイ製造装置関連分野,エネルギー・プラント分野,産業用機械分野,自動車関連分野,航
空機関連分野,医療関連分野,および橋梁分野などが挙げられています.具体的な例として,半導体製造装置分野に
おいては,腐食ガス雰囲気やプラズマエロージョンといった厳しい環境に晒されるケースが多く,これらの部材表面
にセラミック溶射皮膜を形成することで耐性を付与し,部材寿命の延長や交換回数軽減に利用されています.また,
自動車関連分野においては,自動車エンジンの鋳鉄シリンダーライナーに代わるアルミニウムブロック内面への直接
溶射によるシリンダーボアとしての利用が進められています.さらに,航空機や火力発電用ガスタービンにおける高
温部材の多くは,プラズマ溶射により数百ミクロンのセラミック遮熱コーティングを設け,効率向上と安全性・信頼
性の確保が図られています.以上のような機器・構造物においては,いまや溶射技術無しでは稼働しないと言っても
過言ではないと考えています.
このように,多くの産業で利用されている溶射技術ではありますが,これまでは粒子の温度や速度,使用する粒子
の形状,粒径,粒度分布等のパラメータが多く,技術者の技能や勘に頼るところもあり,ばらつきの大きい技術であ
りました.しかし,近年では,粒子速度や温度のモニタリング,さらには機械学習を用いた溶射条件の最適化等の動
きも見られ,今後は誰が施工してもほぼ同様の皮膜を得ることができる技術になることが期待されています.日本溶
射学会においても,第 116 回(2022 年度秋季)全国講演大会では,「溶射とデジタルトランスフォーメーション」のオー
ガナイズド・セッションが組まれ,溶射における今後のデジタル化への対応も議論されてきました.
また溶射技術は,従来から利用されているアーク溶射,プラズマ溶射,あるいはガスフレーム溶射等が主ではあり
ますが,ご存じの通り,近年では使用する粒子を従来よりも細かいサブミクロン(あるいは数十 nm)程度とし,溶液に
混合した懸濁液を用いたサスペンションプラズマ溶射や,粒子を溶融させることなく高速で基材に衝突させることで
緻密な皮膜を得られるコールドスプレー法といった技術が注目を集めています.
2023 年 5 月にカナダのケベックで開催された国際溶射会議(ITSC2023)においても,コールドスプレーに関するセッ
ションは,全 57 セッション中 14 セッションと最も多く,発表数も 59 件ありました.特に,三次元積層造形に関する
ものや材料関係ではハイエントロピー合金への応用等の講演が多くあり,新造形プロセス,新材料へ大きくシフトし
ていると感じました.是非,日本溶射学会においても,上記のプロセス,材料のみならず,新たな取り組みを日本独
自の技術として研究・開発を進めて行きたいと考えています.オールジャパンでの取り組みには,他学協会の協力も
必要になるかもしれません.必要な場合には,他学協会との連携も進めたいと考えております.
最後になりますが,学会ならびに溶射技術の更なる発展のために,会員の皆様のご協力ならびに建設的なご意見を
切にお願い致します.